父の古希に想う

自分のルーツ

「父の古希に想う」
先日、函館から来た子の部屋を訪室した時、その子の母がYouTube で「函館讃歌」を聞いていた。
故郷が恋しくなったのだろうか。「函館讃歌」は函館市民なら恐らく誰でも知っている歌だけれど、ごみ収集車のメロディにもなっていたのを思い出して僕も妙に懐かしかった。

僕が高校時代まで過ごした町は、函館の中心部からやや奥まった場所で、津軽海峡に流れ込む松倉川という川によって山がえぐられてできた左岸の高台に位置している。松倉川の源流がある三森山という山の稜線が遠方に見えて、その川と山は小学校の校歌にも歌われていた。

松倉川の支流の小さな沢には、僕らが赤屋根と呼んでいたオンボロの木造の小屋があり、その近くでザリガニをよく取って遊んだものだった。ザリガニ採りの副産物として縄文式の土器のカケラもたくさん出土し袋一杯に入れて持って来たこともあった。今から考えるとあんな所で縄文式土器が出土するなんて学術的に意義のあることだったに違いなく、大学の研究室か博物館の学芸員にでも見せるべきだったのだが、結局いつの間にか母が捨ててしまいその貴重な史料は闇に葬られた(笑)。

高台を自転車で登りきった所に展望台という名の四阿があり、そこからは函館山が遠く望まれた。高校時代、帰り道にちょっと休んだりもしたお気に入りの場所であった。眠い朝もこの坂を自転車で一気に降りるとすぐに目が覚めた。

今月、父が古希を迎えた。来月は祖母の法事とも重なるためお祝いと法要を兼ねて実家に帰る予定だ。父が僕と同じ42歳だったころ僕は14歳だった。たまの休みに車で連れて行ってくれた公園や海はどの辺だったのだろうと今更ながらグーグルマップを開いてみる。こんな俯瞰画像もすぐに描画できるのだから技術の進歩とは大したものだ。

故郷を離れて24年。父が節目の年を迎えたとき、今の自分のルーツは何かと問うてみるとやはりこの町で過ごしたことと父の影響が大きいように思う。過去に思いを馳せながら今一度「函館讃歌」を口ずさんでみる。来月は少しゆっくりと昔のことを語り合ってみたいと思っている。

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